読みたいことを、書けばいい。
2019年発売の田中ひろのぶの文章を書く上での心構えに関する本。『MOTHER』というゲームのシナリオライターの「糸井重里」さんが本の帯でオススメしていてことがきっかけで、豊洲のブックカフェを訪れた際に読みました。この本を読んで色々と思ったことを徒然と書いてみたいと思います。
ブログを書くという悩み
- 自分が書きたい記事は世界の誰かがすでに書いている。ブログを書くことは無意味?
- 仮にブログを書いたところで一般人の文章はほとんど読まれないという現実
- 誰に向けてブログを書けばいいのだろうか?
自分が書きたい記事は世界の誰かがすでに書いている。ブログを書くことは無意味?
例えば、今回読んだ「読みたいことを、書けばいい。」という本の感想をブログで書こうかな?と思うが、ウェブ検索をすると、たくさんの読書感想文や本のレビュー記事が見つかる。さらに検索ヒットが上位にある記事ほど、分かりやすく丁寧に要約されている。すでに良記事は存在しているのである。ブログ初心者の私がわざわざ下手な文章を書く意味はないように感じてままならない。
仮にブログを書いたところで一般人の文章はほとんど読まれないという現実
「読みたいことを、書けばいい。」でも書かれていたが、ブログを書いている人物が、宇多田ヒカルのような有名人でファンがたくさんいるような人物でない限りはまず読まれない。知名度のない個人ブログは偶然訪れたほんの数人に読まれる程度が関の山といったところ。
誰に向けてブログを書けばいいのだろうか?
よくブログ記事や文章に関する本を読むと、誰に向けて書くのか?ターゲットは誰なのか?を明確にして書くべきという内容をよく見かける。読み手を意識すると、急に文章を書くことがつまらなくなります。
自分のためにブログを書けばいいということ
ブログを書きたい、文章を書きたいという衝動は、自分の心に強く響くことがあるときに沸き起こる。映画を見て感動した時の感想など。その際、読者やターゲットを絞る必要はない。なぜなら書いた文章の一番最初の読者は書いた自分本人。自分が読んで、楽しい、楽しいと感じる、ワクワクする文章を書ければそれでいい。すでにネットに存在し重複してしまう内容になりそうなら、書き手ではなく読み手になればいいだけのこと。
内面を吐露するだけの文章はつまらないということ
例えば、面白かった、泣けた、美味しかったなど、個人の内面を語る感想だけではいけない。理想的なのはインプットを99%しっかりすること。図書館で参考文献を探し、データや数字、証拠を並べていき、読み手に考える余地を与える文章にしていくこと。論文のようだが、自分の意見は1%述べればそれで十分だそうだ。
巨人の肩に乗る
元々はフランスのベルナールという人物の言葉らしい。筆者のわかりやすい故事で、無人島で15歳まで一人で生き抜いた少年が奇跡的に救助されて、その少年が貝殻を並べれば数が計算できると新発見だ!と、しっかり学校に行って義務教育を受けていればそのような悲劇は起きなかったよねという話し。現代人が字の読み書きや計算が当たり前のようにできるのは過去の人類の積み重ねのおかげ。音楽家のバッハやベートヴェンなども、過去の原型や下敷きを模倣し引用したことにより、巨人になれた。まさに先行文献のこと。ブログ記事も応用が効く考え方。
参考文献
明快キングさんの本紹介動画